最近、自分の活動をどう伝えていけばいいのか、ずっと考えていました。
森の暮らし。
セルフビルド。
土地探し。
二拠点生活。
DIY。
放置された別荘地の再生。
どれも今の自分にとって大切な活動です。
でも、それぞれを発信していると、「結局、何をしている人なんだろう?」と、自分でも少しぼやける感覚がありました。
そんな中であれこれ思考を重ねるうちに、一つの言葉が浮かんできました。
「人生には、もう一つの選択肢がある。」
この言葉を見つけたとき、「これだ」と思いました。
都会で何千万円もの住宅ローンを組み、そのまま定年まで走り続ける人生だけが答えではない。
森には、もう一つの暮らし方があります。
でも、すぐに違和感も生まれました。
「人生再編集」という言葉だけを前面に出すと、自己啓発やコンサルティングのように見えてしまう。
それは、自分がやりたいこととは違います。
僕は人生論を語りたいわけではありません。誰かを導きたいわけでもありません。
ただ、自分自身が毎日森で暮らし、小さな実験を続けています。
その様子を、そのまま伝えたいだけなのです。
そこで、もう一つ大きな気づきがありました。
僕は「教える人」ではなく、「実験者」なんだ。
セルフビルドもそうでした。森を買ったこともそうでした。61歳で宅建業を始めたときもそうでした。
まずやってみる。失敗する。またやってみる。
その積み重ねが今につながっています。
だから、発信も同じ。「教える」のではなく、「実況中継する」。
今日こんなことをやってみた。こんな失敗をした。こんな景色を見た。こんな出会いがあった。
そんな日々の積み重ねが、誰かにとって「自分もやってみたい」という一歩につながれば、それで十分です。
AIとキャッチボールしたら、「ブランド設計図を作ろう」という感じのことも返ってきました。
ビジョン、ミッション、ブランドコンセプト。世の中的には必要な概念でしょう。
でも、どこか自分にはしっくりきませんでした。カッコよすぎ、それよりももっと泥臭く。
僕は完成した設計図を描いてから動くタイプではありません。
森の家もそうでした。土地づくりもそうでした。
まず始める。現場で考える。必要になったら修正する。
そのやり方でここまで歩いてきました。
だから今回も同じにしようと思います。
完成した設計図ではなく、歩いた跡を残していく。
森には舗装された道はありません。歩けば踏み跡ができます。
その踏み跡を見て、「ここなら歩けそうだな。」と思う人が現れる。
僕が残したいのは、そんな踏み跡です。
だから、このプロジェクトは「ブランドづくり」ではありません。
森で人生を実験している、その実況中継です。
森という舞台で、暮らしを試し、働き方を試し、土地の可能性を試し、人とのつながりを試し、自分自身も試し続ける。
その記録を、そのまま残していきます。
そして、このプロセスに共感した人が、「こんな生き方もあるんだ。」「自分も少し試してみようかな。」
そう思ってくれたら、これ以上うれしいことはありません。
完成した答えを届けるのではなく、一緒に実験を続ける仲間が少しずつ増えていく。
そんな場所を、森から育てていきたいと思っています。

